宇都宮氏(大河ドラマ黒田官兵衛)読き第2部

宇都宮氏は源頼朝より豊前の国を拝領して以来400年にわたりこの地(現築上町)を統治し九州でも有数の勢力を誇っていた。しかし秀吉による九州平定の論功行賞として豊前6郡は官兵衛に与えられ宇都宮一族は伊予への転封を命じられた、これを受入れられない当主宇都宮鎮房は一揆を起こし黒田軍と激しい攻防を繰り広げましたが、黒田軍の前に敗れ鎮房は降伏するも、中津城内で誘殺され宇都宮一族は滅びました。


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宇都宮一族の城井ノ上城は周囲を岩壁に囲まれた地形で自然の岩の表門と裏門が有り、天然の要塞で有り難攻不落の居城で有ったと言われています。3丁の弓の岩はここを防ぐには3丁の弓だけで足りた事に因んで呼ばれている。


 

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宇都宮氏の菩提寺天徳寺の境内には長浦(鎮房の父)・鎮房(当主)・朝房(鎮房の長男)の墓地が有ります。3体の墓石共それどれ刀傷を負うた所に、割れ目が入ったと言われており宇都宮氏の怨念を表しているかのようで有る。又墓地は今でも地元の人々に手厚く管理されており、地元のひとに慕われていた事がうかわれる。


 

 

 

 

 

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